弁護士コラム

スポーツ指導者と法

西新宿オフィス所属の弁護士 及川知宙です。

令和4年12月に、スポーツ庁が「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」を策定したことにより、いわゆる学校部活動の地域移行が全国的に進められようとしています。私は社会人チームでハンドボールをプレーしながら、高校、大学で指導者をしており、学校部活動の在り方が変わっていく姿を目の当たりにしています。
これから部活動の地域移行が進むに伴い、指導者の数が必要となってくるため、学校の教師やプロや実業団の監督・コーチ等の専業指導者だけでなく、普段は競技と関係のない仕事をしながら指導を行う兼業指導者が増えていくものと思われます。しかし、専業か兼業かに関わらず、自分が指導している際に事故や問題が生じてしまった場合には、法的トラブルへと発展していく可能性があります。

そこで、今回のコラムでは、弁護士の視点からスポーツの現場で指導者に起こりうる法的トラブルとその予防について書かせていただきます。

1.指導者となるには

指導者の法的地位は、大まかに3つに分けられると考えられます。これらの法的地位の違いにより、誰の命令に従って指導を行うのか、誰から指導料をもらうのか、指導の現場で法的問題が生じた際に誰が責任を負うのか等が変わってきます。

(1)公務員

指導者が公立学校教諭や部活指導員の場合です。この場合は、指導者が都道府県や市町村等の地方公共団体から学校職員として任命され、職務として部活動の指導を行うこととなります。スポーツ事故等の法的問題が生じた場合には、被害者は、国家賠償法に基づき、地方公共団体に対して損害賠償を請求していくこととなります。

(2)団体職員

指導者が私立学校教諭や地域スポーツクラブ等のスポーツ団体の職員の場合です。この場合は、指導者が法人やクラブ等の団体の職員として採用され、職務として部活動またはスポーツ活動の指導を行うこととなります。スポーツ事故等の法的問題が生じた場合には、被害者は、不法行為責任または債務不履行責任に基づき、指導者または団体に対して損害賠償を請求していくこととなります。
また、団体から外部コーチを任される場合には、契約職員という団体職員の一員として指導を行うと考えられます。しかし、私立の学校においては、学校法人、部活のOBOG会、保護者会等、複数の契約当事者の候補が考えられるため、誰と契約しているのかは確認が必要かもしれません。

(3)個人

個人でスポーツ教室を開催したり、講習会を委託されて開催したりする場合です。この場合は、教室の参加者(未成年の場合には法定代理人である保護者)、講習会の委託者との契約を基に指導を行うこととなります。スポーツ事故等の法的問題が生じた場合には、不法行為責任または債務不履行責任に基づき、指導者個人に対して損害賠償を請求していくこととなります。

2.怪我や事故

スポーツには様々な競技がありますが、どの競技も怪我や事故によって競技者の身体・生命に危険が生じるリスクを有していると考えられます。指導者は、その競技の技術指導を行うことが主な職務となりますが、同時に指導する競技者の身体・生命を危険から保護する義務を有しています。

(1)選手の行為によるもの

選手同士の危険な接触によるものや、ボールが目にぶつかる等の用具が危険な部位に衝突するもの等、選手の行為によって危険が生じるものが考えられます。指導者としては、危険なプレーを指示することが許されないことはもちろん、日ごろから危険なプレーをしないように指導することや、用具を使用する競技の場合には正しい使用方法を指導していく必要があります。特に、危険なプレーについては、ルールをしっかり理解していない場合、重要な局面で無理をする場合に発生する可能性が高いと考えられるため、ルールの徹底及び無理なプレーで相手に怪我をさせないよう意識づけを行っていくことが望ましいと思われます。

(2)環境や天候によるもの

気温や湿度が高い場合には熱中症のリスクがあるため、特に気温や湿度が高くなる季節には注意が必要となります。活動中の予防策としては、水分・塩分をこまめに補給させる、休憩の頻度を増やす、気温が高くなる時間帯に試合や激しい練習等の運動強度の高い活動を行わない等の方法が考えられますが、練習を中止することも視野に入れる必要があります。指導者においては、気温や湿度、天候等の環境だけに目を向けるのではなく、選手一人一人の身体の状況に注意し、異常が見られる場合には無理をさせない、異常を感じたら休んでもいいと伝える等、みんなができるから自分もやらなければならないと無理をさせる環境を作出しないようにする必要があると思われます。
また、屋外競技によっては、雨天でも練習や試合が行われるものもありますが、雷鳴が聞こえた場合には遠くであっても避難を開始する必要があります。

3.体罰

殴る、蹴る等の暴行を選手に加えるという体罰が許されないことは当然です。体罰は時代や場所によって許されるという性質ではないため、自分が学生の時に体罰を受けており、競技の結果も出すことができたのだから、自分も指導者としてやっていいということには決してなりません。また、罰を与える目的での過度なトレーニングも体罰に当たる可能があります。競技力を向上させる目的、教育的な目的等、様々な理由はあるかと思いますが、その目的を達成するための手段は体罰ではなく、口頭による説明や手本となるプレーを見せる等、学生が自分の頭で理解ができるような手段を用いるべきです。

4.終わりに

良い競技者すなわち良い指導者ではなく、指導者には競技力以上に第三者に伝える能力が必要となります。また、競技者は自分のことだけを考えていればよいのですが、指導者は選手の身体・生命の安全を守ることも考えなければなりません。ここまでの話を踏まえて、法的トラブルにならないようするためにどうすればよいかという視点で考えていただきたいわけではありません。指導対象一人一人を尊重し、身体・生命に対する危険から守るよう意識していただければ、自然と法的トラブルになるような怪我や事故が発生する可能性が低くなりますので、まずは指導者として必要なスキルの習得を目指すべきと思います。

指導者はやりがいがありますが、選手の競技人生を預かるということを考えると、責任も重いと感じています。指導者の方または指導者を目指される方は、指導者に求められるスキルを取得するための講習会や資格などもありますので、常に指導者としての知見を高めていただくのがよいかと思います(私もスポーツ医学検定2級とJSPOの公認スポーツ指導者資格(ハンドボール)を取得いたしました。)。

私も弁護士兼指導者として、法的な視点から指導者の皆様の支えになることができるよう、研鑽してまいります。

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